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ついに!スバルの変遷 富士重工業から「株式会社SUBARU」に社名変更

2016年5月12日

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2016年5月12日、スバルは同日開催した臨時取締役会で、2017年4月1日付けで、社名(商号)を「株式会社SUBARU(かぶしきがいしゃすばる、英文表記:SUBARU CORPORATION)」に変更することを決定した。

正式には6月28日開催予定の第85期定時株主総会で定款変更が承認されることを条件に社名を行なう。これまでスバルは富士重工業の自動車ブランド名という位置付けてあったが、スバルが企業名になるのだ。

富士重工業の前身、中島飛行機は1917年(大正6年)5月に海運機関大尉・中島知久平氏が創設した飛行機研究所(後の中島飛行機株式会社)が源流で、1919年に中島飛行機の商号に変更した。その後中島飛行機は世界有数の航空機製造会社に成長する。

本館

現在も使用されている昭和9年に竣工した中島飛行機・本館。上空から見ると飛行機の形状

戦後、占領軍の指令により中島飛行機は解体され、多くの会社に分割された。1945年に中島飛行機は富士産業に改称し、1955年に富士産業を中核に分割されていた各社が合同し、富士重工業として再出発した。そして1958年にスバル360を発売したことで自動車メーカーとしての歩みを始めた歴史がある。

このためスバル車は六連星のエンブレムを使用しながらも、会社名は富士重工業であり、その社章から「まるフ」と社内外からは呼ばれていた。

Subaru_1952-2005bin_fileのコピー

富士重工の事業としては自動車製造以外に、航空機製造、鉄道車両製造、汎用機械製造なども展開しており、現在でもスバル・ブランドの自動車部門、航空宇宙部門、産業機器部門の3部門から成り立っている。しかし、2016年10月に産業機器部門を自動車部門に統合することも今回の臨時取締役会で決定されている。今後は産業機器の開発は停止し、人材は自動車部門に集中させ、より開発能力を高める方針だ。

現在、スバルの自動車ビジネスは世界90カ国以上に展開しており、2017年3月期は年間販売台数100万台超えが見込まれている。スバルとしては念願の100万台のメーカーに到達したことになる。長らくスバルは年間販売台数60万台レベルが続き、世界の自動車メーカーの中で60万台規模では生き残りは難しいとされてきたのだ。

企業としてのこの節目に、社名を変更してブランド名と企業名を統一させ、ブランド力をさらに高める、存在感のある魅力的な企業を目指すとしている。

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