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【舘さんコラム】2020年への旅・第25回「次世代車をめぐる旅その4 ハンドル争奪戦争勃発」

2015年10月17日

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世界最初のガソリン車もクラレンスだった。後席左でふんぞり返っているのが、発明者のゴットリープ・ダイムラーといわれる。1886年のことであった

自動運転車には後ろ向きで乗るな

メルセデス・ベンツのコンセプトカーであるF015は、完全な自動運転車だ。その試乗会といっても運転は叶わない自動車評論家殺しの催しが、サンフランシスコの郊外で開かれた。

日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員の最長不倒をいまだ更新し続ける旧来の自動車評論家である私は、F015に乗りこむと、試乗会スタッフの隙を突いて何とかハンドルを握ってやろうと狙っていたのだが、その前に吐き気を催してしまい、ゲロを吐くのを我慢するのが精いっぱいであった。

原因は、昨夜の晩餐会の厚いアメリカンステーキかも知れないと思ったのだが、乗り込む前はまったく元気で、ランチを楽しみにしていたほどだったから、食い物に当たったわけではない。

原因は、前席に後ろ向きに乗っていることだと気づくのにそう時間はかからなかった。F015は4座である。自動運転なので、前の2座を新幹線の座席のようにくるっと回して後ろ向きにできる。対座で走れるのだ。そして、私に与えられた席は、後ろ向きになった前席の左側であった。どうやら、ここに座ったことが吐き気の原因のようなのだ。
吐き気を我慢して試走路を1周した私は、一緒に試乗していた仲間の評論家に「前に座ってみなよ。景色が違って気持ちいいよ」と、信じられないウソを言った。それを信じたN氏は、「それでは」と、後席を譲ってくれた。「しめしめ」と私は素知らぬ顔をして後席に座ってもう1周の無人運転のドライブに出かけた。

数分も立たないうちにN氏が顔をしかめて呻いた。「クルマ酔いした」と。私は、「昨日、悪いものでも食べたの?」と真顔で聞いた。その後の光景は、N氏の名誉もあって記せないが、悲惨なものだった。そして、私は確信した。自動運転車は後ろ向きに乗ってはいけないと。しかし、なぜ?

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F015に同乗した2人の友人。どちらの友人とはいわないが、私の虚言にはまって前席に座り、ひどいクルマ酔いになった

バリ島の魔女ランダ
いきなりだが、インドネシアのバリ島には、「パリン」という病がある。身体の具合が悪くなり祈祷師に症状を訴えると、「それはパリンだな」ということがある。治療は、パリンに罹患する前の状態に原状復帰させることだ。

バリ島のある村に、ガムランの演奏がとても上手な少年がいた。他の村の人たちが、ぜひその子と一緒に演奏したいというので自動車に乗せて、いくつもの山を越え、いくつもの川を渡り、ジャングルの中を走り、いくつかの村を超え、ようやく見ず知らずのその村に着き、1週間ほど演奏をした。

そして、再び、いくつかの山を越え、峠を越え、ジャングルの草の中をくぐり、川を渡って自分の村に戻ったのだが、少年は体調を崩して具合が悪くなった。自分が誰だか分らないというのだ。フラフラして気持ちが悪いともいう。身体をいろいろ調べても、どこといって悪いところはない。

困った家人が祈祷師に連れて行くと、「この子はパリンに罹っている」という。祈祷師に治療法を尋ねると「その村まで歩いて行って、歩いて帰って来させなさい」という。そこで家人は、その子と一緒に1日かけて、演奏をした村まで徒歩で往復した。すると、その子の顔に赤みが差し、目もしっかりして、食欲も戻ったという。

これは、中村雄二郎氏の「魔女ランダ考 演劇的知とは何か」という書籍にあるバリ島のエピソードのひとつだ。

バリ島は、神事であるガムランがたいへんに盛んである。そこで数多く演じられるのが「魔女ランダ」の物語である。ランダは「寡婦=かふ、未亡人」のことである。つまり夫に先立たれた妻だが、ヒンドゥーでは夫の火葬の炎の中に飛び込んで死ぬのが理想とされている。しかし、この世の欲が忘れられず、墓所に迷い出る寡婦もいる。そうした迷い寡婦は、子供を食べるという。転じてバリ島では恐ろしいモノノケをランダと呼ぶ。

ランダは、舌をべろりと長く出し、痩せて浮き上がった肋骨に萎びた乳房が垂れかかっている恐ろしい形相の魔女である

西方浄土
実は、私は魔女ランダに日本で襲われたのだ。R32スカイラインに乗って紀伊半島の那智勝浦にいった時のことだ。那智勝浦に「綱切り岬」と呼ばれる岬がある。還暦を迎えた僧侶が小舟に乗せられ、西方浄土に向かって流れていく岬である。小舟を曳く綱を切るのでこの名前がある。その岬が見たかった。

西方浄土に流されていく僧侶は、補陀洛山寺(ふだらくさんじ)の住職である。還暦を迎えると住職は、補陀洛渡海船と呼ばれる小舟に乗せられる。この船には、内側に極楽浄土の極彩色の絵が描かれた小屋がある。僧侶が乗り込むと、天井板を釘で打たれて、この小屋に30日分の食料と共に閉じ込められ、綱切り岬から流されたという。江戸時代まで続いたこの風習で、20人以上の僧侶が流された。南無阿弥陀仏。合掌。

補陀洛山寺に行くと、補陀洛渡海船の船板が飾られていた。西方浄土に行き着く前に難破した船のものだという。船板が剥がれるほどに壊れたとすれば、僧侶の命は海の藻屑と消えたに違いない。漂着した船板に向かって合掌した。

夕方になると、この寺の境内に設けられた舞台からろうそくの炎に揺られてガムランが流れてきた。やがて夕闇があたりを覆い、境内が真っ暗になると、ろうそくに照らされた恐ろしい形相の魔女ランダが、ガムランの合奏に乗って現れた。2時間は優に超える舞台であった。

補陀洛山寺の奥には那智の滝がある。ガムランを観終わると、夜の10時を回っていたが、暗闇の中を滝見物に行こうと友人たちを誘った。いやがる友人たちの先頭に立って参道を歩くのだが、前後、左右、まったくの闇で道すら見えない。段差があったので、後ろから来る友人たちに声をかけたのだが、返事がない。おかしいと振り向くと、漆黒の闇の中に赤い舌をべろっと出し、両目を剥きだしたランダがこっちをじっと見ている。ギャー。<次ページへ>

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